札幌高等裁判所 昭和55年(う)134号 判決 1981年10月20日
主文
本件各控訴を棄却する。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人菅沼文雄、同菅沼和歌子、同横路民雄連名の控訴趣意書に記載されたとおりであり、これに対する答弁は検察官宮崎徹郎提出の答弁書に記載されたとおりであるから、これらを引用する。
一 控訴趣意書第三章一ないし六について(略)
二 控訴趣意書第一章及び第二章並びに第三章七について
所論は、要するに、被告人らの原判示所為にいたるまでの経緯及び事件当日の状況などについて論及し、原判示の被害者陶勇、同重野俊夫を含む原判示営林署ないし営林局当局者は、原判示築別苗畑事業所の廃止問題等に関連して発生した労使間の紛争の解決に不誠意であつて、団体交渉義務を尽くさずこれを打切つたこと、そのため、被告人らを含む組合員らにおいて当局側に対し再三再四にわたつて団体交渉ないし窓口交渉の再開を要求するなどの行動に出ざるを得なかつたこと、本事件当日においても、被告人ら組合員らは陶管理官及び重野経営課長に対し右交渉の再開を要求したが、右両名においては誠実な対応を示さなかつたばかりか、右両名は、積極的、意図的に故意に、被告人らに対し、肘で小突いたり、ツバをかけたり、足を踏みつけたり、のど元を小突いて転倒させたり、警察署からかかつてきた電話に向つて事実もないのに大声で「痛い、痛い」と叫んだりするなどの挑発行動に出たことなどに照らすと、被告人らの本件所為は、刑法二〇八条の暴行罪ないし暴力行為等処罰に関する法律一条所定の罪として処罰するに値する可罰的違法性を具備していないものである、また、被告人らの右交渉再開の要求は、右交渉を通じて原判示組合員らとその家族の労働権、生活権などを守ろうとする目的に出た、憲法二八条の保障する団体行動権に基づく行動の一環として行われたものであり、これに随伴して発生した本件行為については実質的違法性が阻却されるべきものであり、本件について有罪を認定した原判決には事実の誤認ないし法令の解釈適用の誤りがあるといい、その具体的事由を詳論するものである。
しかしながら、原判決挙示の関係証拠によれば、原判決が「本件犯行に至る経緯」の項で認定した事実関係は当裁判所においてもこれを肯認することができ、この点に関して所論の指摘する諸事実及び証拠を参酌しつつ記録中のその余の証拠を精査してみても、原判決の右認定について格別の誤りがあるとか、犯行にいたる経緯の叙述として著しい認識不足があるとか論理性を欠くとか偏跛であるなどとは認めることができず、当審における事実取調の結果によつても右認定を動かすに足りない。また、所論は、事件当日、陶管理官及び重野経営課長において、積極的、意図的に故意に被告人らに対して種々の挑発的行動に出たというが、この点に関し所論に沿う被告人らの原審及び当審における各供述、原審証人千代隆久、同井上謙介、同植木光子、同木戸安男、当審証人稲吉豊、同櫻庭道、同高橋美栄子の各証言は、いずれも不自然、不合理なものであり、ことに、原判決挙示の関係証拠から認められる原判決の「弁護人の主張に対する判断第一、一、(4)」に説示された当時の状況に照らすと、すべて信用することができず、その他本件に現われたすべての証拠をもつてしても、所論のような事実があつたことを認めるに足りない。そこで、本件犯行にいたる経緯及び事件当日の状況を考慮し、本件犯行の動機、目的、態様などについてみると、原判決挙示の各証拠によれば、本件犯行は所論のように団体交渉ないし窓口交渉の再開を要求する行動の一環ないしこれに随伴して行われたものであるが、犯行の態様は著しく常軌を逸脱したものであり、ことに、被告人らは、原判示組合員約五〇名とともに無断で原判示署長室に入りこみ、原判示の管理者である陶から再三にわたつて退去を求められたのに退去せず、陶、重野において予定していた出張に赴くため同室を出ようとするのを阻止したうえ、長時間にわたつて右両名を取り囲み、喧騒をきわめた状況のもとで執拗に原判示の暴行を行つたものであり、なお、その暴行態様の特異性、複雑性、回数などに照らすと、本件犯行は右両名の人格を否定するも甚だしいものであり、右犯行の動機、目的が組合員らの強い雇用不安の気持を背景として団体交渉の再開を焦る余りのものであつたとか、従来の団体交渉の過程における当局側の態度に組合の立場からみて不誠意と思われるような事由があつたとしても、法秩序全体の見地からみてとうてい許容されるものではなく、原判示の被告人らの所為が可罰的違法性を欠くとか、実質的違法性が阻却されるべき場合にあたるなどということはできず、この点に関する原判断は正当であり、原判決に事実の誤認、法令の解釈適用の誤りがあるとはいえない(なお、弁護人が当審の最終意見で引用する裁判例は、いずれも本件と事案を異にし適切でない。)。論旨は理由がない。
よつて、刑事訴訟法三九六条により本件各控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。